夜の事務所で、見積の控えを手に、返事の来なかった1件を思い返している町工場の担当者

見積が通らなかった日に。失注の理由を記録して次につなげる

図面が届いて、その日の夜に見積を組んだ。材料を拾って、加工時間を積んで、朝いちばんでメールを返した。

それから、連絡がない。

二週間経って、思い切って電話をしてみる。「あー、あの件は今回、他社さんにお願いすることになりまして」。すみません、と言われて、こちらも「またよろしくお願いします」と返して、電話を切る。

受話器を置いたあとに残るのは、理由がわからないまま終わったという感触だけです。

高かったのか。納期が合わなかったのか。そもそも本気の引き合いではなかったのか。何もわからないまま、次の見積依頼のファイルを開く。

この「わからないまま」が、実はいちばん高くついています。 理由がわからないと、人はたいてい「価格だろう」と考えます。そして次から、少しずつ安く出すようになります。でも本当の理由が納期だったら、値下げは効きません。利益だけが減っていきます。

だからこの記事でやりたいのは、失注をなくすことではありません。失注した1件を、3行だけ残すことです。それだけで、半年後の自分が「うちが負けているのはどこか」を数で見られるようになります。

結論:失注は、①その日のうちに3行だけ記録する → ②理由を「納期」「価格」「技術」「不明」の4つに仕分ける → ③3か月に一度、10分だけ並べて見る → ④いちばん多かった1つだけに手を打つ — この順番で次につながります。聞けなかった理由は「不明」のまま残して大丈夫です。 不明が多いこと自体も、あとで効いてくる情報になります。

進め方は、こうです。

  1. 記録する場所を1か所だけ決める(Excel1枚か、ノート1冊)
  2. 書く項目を5つに絞る(日付/客先・品名/見積金額/結果/理由)
  3. 断りの連絡が来たときに、一言だけ聞いてみる
  4. 聞けなくても、推測を「不明」と分けて書き残す
  5. 3か月に一度、たまった分を並べて数える

いちばん効くのは1番です。場所が決まっていないと、記録は続きません。 立派な管理表を作ろうとした瞬間に、この習慣はだいたい止まります。

何が起きているか — 失注だけ、記録が残らない

受注した仕事は、放っておいても記録が残ります。注文書が来て、製番が振られ、材料が発注され、日報に工数がつき、最後は売上として数字になる。あとから何件受けたか、いくらだったか、いつでも確認できます。

失注した仕事は、何も残りません。

見積の控えはメールの送信済みフォルダのどこかにありますが、それが通ったのか通らなかったのかは、どこにも書かれていません。返事が来なかった案件にいたっては、断られたことすら記録上は存在しません。

つまり現場には、受注のデータだけがきれいに残って、失注のデータだけが消えていくという偏りがあります。

だから「最近、価格が厳しい」だけが残る

記録がないところに残るのは、印象です。

印象は、強い出来事に引っ張られます。値切られた電話。「他社さんが半額でして」と言われた一言。あれは、よく覚えています。一方で「納期が2週間先だと間に合わなくて」と軽く言われた件は、そこまで刺さらないので、記憶から先に消えます。

その結果、こういう会話になります。

ここで悩んでいる時点で、その人はきちんと数字を見ようとしています。問題は本人の姿勢ではなく、判断の材料が印象しかないことです。

値下げは、いちばん効きにくくて、いちばん痛い

もし本当の理由が価格なら、値下げは効きます。でも理由が納期や対応の速さだった場合、価格を下げても結果は変わりません。変わるのは利益だけです。

しかも値下げには、もうひとつ困った性質があります。一度下げた単価は、上げるのが難しいということです。理由がわからないまま下げた1円は、そのあと何年も戻ってきません。

だから、下げる前に確かめたい。確かめるために、記録がいります。

単価そのものの考え方は 赤字受注を見抜く、限界利益で「受ける仕事」を選ぶ に、根拠を持って上げていく話は 値上げ交渉を切り出すための、原価根拠資料のつくり方 にまとめています。

具体例 — 3か月ぶんを並べたら、話が変わった

ある工場で、見積を出した案件を3か月ぶん書き出してみました。特別なことはしていません。メールの送信済みフォルダをさかのぼって、Excelに1行ずつ並べただけです。

出した見積は、全部で 25件。結果はこうなりました。

結果件数
受注できた9件
失注(断りの連絡があった)11件
返事がないまま(自然消滅)5件
合計25件

受注できたのは25件のうち9件。割合にすると 36% です。この数字自体は、良いとも悪いとも言えません。大事なのは、残りの16件に何があったかのほうです。

失注11件の中身を、4つに分けてみる

断りの連絡があった11件について、聞けた理由・言われた言葉をもとに、4つに仕分けてみます。

失注の理由を4つに分けて長さで比べた横向きの帯グラフ。上から納期、価格、技術、不明の順に並び、納期がいちばん長い
3か月ぶんの失注を4つに分けると、いちばん長かったのは「価格」ではなく「納期」だった

実際の内訳は、こうでした。

理由件数言われた言葉の例
納期4件「もう少し早く上がりませんか」「今月中に欲しくて」
価格3件「他社さんのほうが安くて」「予算に届かなくて」
技術・設備2件「その材質は難しいとのことで」「サイズが入らないと伺って」
不明2件「今回は社内の判断で」「別のところにお願いすることになりまして」
合計11件

4件+3件+2件+2件で、11件。数え直しても合います。

そして、この工場の人が思っていたのは「うちは価格で負けている」でした。ところが並べてみると、価格の3件より、納期の4件のほうが多かったわけです。

「返事がない5件」も、ちゃんと数える

もうひとつ見えたのが、返事のないまま終わった5件です。25件のうち5件ですから、5件に1件は音沙汰なしということになります。

ここは、断られた11件とは意味が違います。断られた案件は、少なくとも検討はされています。返事がない案件は、検討の土俵に乗ったかどうかもわかりません。

この5件を見返して、その工場では2つのことに気づきました。

これも、記録がなければ気づけなかった話です。数えてみたら「うちは初めての客先で、しかも返しが遅い案件を落としている」という形が見えてきました。

見積を早く返す段取りそのものは 見積の返信が遅れて失注する前に、速く返す段取り に、返す前の確認の抜けは 引き合いの図面が曖昧なとき、見積前に確認する6項目 にまとめています。

打った手は、ひとつだけ

ここで、4つ全部に手を打とうとしないことが大事です。

この工場が決めたのは、納期の答え方を変えるという1点だけでした。具体的には、見積書に「◯月◯日出荷」と1本の日付だけを書いていたのをやめて、こう2行にしました。

標準納期:ご発注から 15営業日
分納可:先行 30個を 8営業日 で出荷可能

全部を早くしたわけではありません。急ぐぶんだけ先に出すという選択肢を、見積の時点で見えるようにしただけです。設備も人も増やしていません。

次の3か月で、納期を理由にした失注は4件から1件になりました。もちろん、これだけが原因とは言い切れません。引き合いの中身も相手も毎回違います。それでも「納期の話で断られる回数が減った」という手ごたえは、記録があったから確認できたことです。

納期の決め方そのものは 「いつできますか」に慌てない、後工程を守る納期回答の決め方、短くする工夫は 受注から納品までのリードタイムを短くする着眼点 が参考になります。

影響 — 記録があると、何が変わるか

記録の有無で、同じ状況の見え方がどう変わるかを並べてみます。

記録がないとき記録があるとき
負けている理由印象で「たぶん価格」数で「納期が最多」
打つ手とりあえず値下げ納期の答え方をひとつ変える
効果の確認なんとなく「変わった気がする」次の3か月の件数と比べられる
社内の会話「もっと安くしないと」「この客先は納期で落としてる」
営業の的全部の客先に同じ話落としやすい相手に的を絞れる
断られたとき気が重いだけで終わる気は重いが、1件ぶんのデータが増える

いちばん大きいのは、最後の行かもしれません。

断られるのは、何度経験しても気持ちのいいものではありません。自分の見積を否定されたように感じます。ただ、記録をつけていると、そこにもうひとつの意味が乗ります。この1件は、次の判断の材料になる。そう思えるだけで、電話を切ったあとの重さが少し変わります。

社長に説明するときにも効く

「なんで最近、受注が減ってるんだ」と聞かれる場面があります。

このとき「厳しいですね」としか言えないと、話は精神論に流れがちです。でも「3か月で25件出して9件。落とした11件のうち4件は納期です」と言えると、話が次に何をするかに進みます。

数字は、責任追及を避けるためのものではありません。話の向きを、過去から未来に変えるためのものです。

明日やること — 3行の記録から始める5つの手順

手順1:置き場所を1か所だけ決める

まず決めるのは、様式ではなく場所です。

どちらでもかまいません。大事なのは「ここにしか書かない」と決めることです。案件ごとにフォルダを分けたり、客先別のシートを作ったりすると、次の日には続かなくなります。

置き場所は、見積を作る場所のすぐそばにします。見積を送った直後に1行足せる距離であること。これが続くかどうかの分かれ目です。

手順2:書く項目を5つに絞る

記録する項目は、この5つで足ります。

項目書き方
日付見積を出した日8/24
客先・品名略称でよい◯◯製作所/ブラケット
見積金額総額だけ128,000
結果受注/失注/返事なし の3つ失注
理由納期/価格/技術/不明 の4つ納期

これ以上増やさないのがコツです。加工内容も、数量も、担当者名も、今は要りません。あとから「もっと書いておけばよかった」と思ったら、そのとき足せば十分です。

「結果」の欄は、見積を出した時点では空欄になります。空欄のまま残っている行が、そのまま追いかけるべき案件のリストになります。これは思わぬ副産物でした。

手順3:断りの連絡が来たら、一言だけ聞く

いちばん気が重いところです。でも、聞き方さえ決めておけば、そこまで構えなくて済みます。

大事なのは、理由を問いただす形にしないことです。相手も言いにくいことがあります。答えやすい形にして、答えなくても関係が悪くならない言い方にします。

電話で言うなら、こんな一言です。

「承知しました。ありがとうございます。差し支えなければ、金額と納期のどちらが合いませんでしたか。次の機会の参考にさせてください」

メールなら、こうです。

このたびはご検討いただき、ありがとうございました。
差し支えない範囲でかまいませんので、今回どのあたりが合わなかったか(金額・納期・仕様のいずれか)を一言お聞かせいただけますと、次回のご提案の参考にさせていただきます。
またお声がけいただける機会を楽しみにしております。

この言い方には、3つの工夫があります。

聞けたらラッキー、くらいでかまいません。10件に3件でも答えが返ってくれば、記録は十分に意味を持ちます。

手順4:聞けなかったら「不明」と書く

ここが、この記録がうまくいくかどうかの分かれ目です。

聞けなかったとき、つい「たぶん価格」と書きたくなります。でも、それを書いた瞬間に、この記録は自分の思い込みを集計するだけの表になります。3か月後に「やっぱり価格だ」という答えが出てきますが、それは最初に自分で書いた文字が返ってきているだけです。

だから、聞けなかったものは「不明」と書きます。

推測をどうしても残したいときは、理由の欄ではなく、備考として端に小さく書いておきます。集計するときは数えない。確かめた事実と、自分の推測を、同じ列に入れない。それだけ守れば大丈夫です。

なお「不明」が多いこと自体も、立派な情報です。不明が半分を超えているなら、それは断られたあとに一言聞く習慣がまだないという現在地を示しています。次に手を打つのは、そこかもしれません。

手順5:3か月に一度、10分だけ数える

毎月やろうとすると、件数が少なすぎて傾向が見えません。かといって1年に一度では、思い出せません。3か月がちょうどいい間隔です。

やることは、これだけです。

  1. 3か月ぶんの行を数える(出した件数)
  2. 結果ごとに数える(受注/失注/返事なし)
  3. 失注の行だけ、理由ごとに数える
  4. いちばん多かった理由をひとつ選ぶ
  5. その理由に対して、次の3か月でやることを1つだけ決める

グラフは要りません。電卓もほとんど使いません。「正」の字を書いて数えるだけで足ります。

そして、決めるのは1つだけにします。納期・価格・技術のすべてに同時に手を打てる工場は、たぶんありません。1つに絞るから、次の3か月で効いたかどうかが判定できます。

おまけ:受注できた案件も、同じ表に残しておく

失注だけを集めると、記録が少ししんどくなります。並んでいるのが負け戦だけになるからです。

同じ表に受注した案件も入れておくと、見え方が変わります。「25件出して9件取れた」という形になり、割合で見られるようにもなります。次の3か月と比べるときも、件数ではなく割合で比べられます。

それに、記録を開いたときに「取れた行」が目に入るのは、思っているより大事なことです。

失注の記録を始めるチェックリスト(コピーして使えます)

置き場所を決める

項目を決める

聞き方を決める

振り返りを決める

深追いしない目安

迷ったときの原則

よければ、こちらも

朝の明るい事務所で、机に広げた図面を一緒にのぞき込み、次の見積について前向きに話している二人

見積が通らなかった日に落ち込むのは、その1件に本気で時間をかけたからです。適当に数字を並べただけなら、断られても何も感じません。もったいないと思えるのは、ちゃんと組んだ人だけです。

ただ、その1件をそのまま流してしまうと、手元には気持ちの重さだけが残ります。3行書き足すだけで、同じ1件が、次の判断の材料に変わります。

今日できることは、ひとつだけです。直近で断られた案件を1件、思い出して書いてみてください。 日付と、客先と、金額と、「失注」と、思い当たる理由。理由がわからなければ「不明」で結構です。それが1行目になります。

3か月後、そこには10行か20行の記録が並んでいます。眺めてみると、たぶん自分が思っていたのとは少し違う形が見えます。そのとき打つ一手は、印象ではなく、自分の工場の実際の数字から出てきた一手になります。

負けた記録を残すのは、気持ちのいい作業ではありません。それでも書いておこうと決めた人だけが、半年後に「うちが強くなるのはここだ」と言えるようになります。今日の1行は、そのための1行です。

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